Luxury:ファッションの欲望 前編
『小悪魔ageha』もびっくり、ロココのガツ盛りヘアはてっぺんにお花やお城や、時に帆船まで(!)載っているのだ。ちなみにハイヒール型のヘッドドレスを載せてみせたのはスキャパレッリ。この時代のファッションの引用であり、かつより過激に、本来地面に触れる靴を頭上に持ってくることで既成の価値観の転倒を試みている。
着飾るということは自分の力を示すこと──どう言い繕っても本音がダダ漏れるファッションへの欲望の本質を言い当てた、パスカル(1623-62)によるこの言葉に導かれ、稀少であること・美しいこと・手が掛かっていること=「Luxury」、削ぎ落とすこと・個人的な充足=「Luxury」、新奇であること・着るために努力を要すること=「Luxury」、そしてある文脈の中では唯一でオリジナルとされること=「Luxury」という、「Luxury」の4つの定義に従って、16世紀ヨーロッパの宮廷衣装からシャネル、ポワレ、バレンシアガ、そして川久保玲、マルタン・マルジェラまでを紹介するのが、現在東京都現代美術館で開催中の「Luxury:ファッションの欲望」展である(〜2010年1月17日まで)。
圧巻のインスタレーション。前列左から2番目がポール・ポワレ。ハイウエストでやはりコルセットなしのゆったりしたドレス。一目でわかる豪奢さから、わかる人にはわかる、を目論んだ中央グリーンのドレスは、形はシンプルながら身頃全体に超絶ピンタックが施されている。「シンプルとは、複雑なものすべてを含んでいる」と言ったマダム・ヴィオネのドレス。
2008年6月号〜2009年4月号まで、小学館『和樂』で杉本博司×深井晃子による、20世紀ファッションを回顧する連載「流れの行くへ」を担当していたため、深井さんがキュレーションし、京都服飾文化財団のコレクションが出品されるこの展覧会は、以前から本当に楽しみにしていた。実は既に京都展(京都国立近代美術館、2009年4月11日〜5月24日)も見ているのだが、その時とはまた構成が変わり、いっそう焦点がはっきりしてきたように思う。京都展より建て込みが少ない、ある意味簡素な展示なのだが、ガラスなしで全方位からじっくり服を見ることができる。服飾やデザイン系の学生さんは、勉強のためにもぜひしっかりご覧いただきたい。
Luxuryとはなにか、というのが展覧会のテーマではあるけれども、やはり私自身が服を見るときまず第一に目がいくのは、身体との関わりだろう。宮廷装束がコルセットで腰を締め上げ、パニエでスカートを大きくふくらませ、生身の上にいわば「はりぼて」の身体の「殻」を人工的に造形しておいて、その上に服を着せて(貼り付けて)いくのに対して、ポール・ポワレやガブリエル・シャネルは、生身の身体を肯定し、本来のかたちに添う服、コルセットを必要としない服を作った。
シャネルのデイ・ドレス。現代の服とほとんど変わりない、その後の女性服のプロトタイプ。
着やすく、動きやすく、実用的な、働く女性のための──といっても、現在にいたるまでシャネルの服を買えるのはそれなりの富裕層であることは間違いないが、それ以前の、家から出るのに許可がいるとか、着付けに数時間を要するとか、その種の服や規範に束縛されていた女性に比べて、シャネルの服をまとった女性たちは、画期的に自由で活動的だったことは間違いない。そして現代のあらゆる女性服に受け継がれている、このシンプリシティ。言い古された言葉だが、やはりシャネルは「服を作ったというより、スタイルを確立した」、20世紀ファッションの中核となるデザイナーなのだ。
美しいけれどもある意味では「保守反動」のディオールによるイヴニング・ドレス。草花や格子柄のモチーフはウエスト部分で縮小され、広がったスカート部分で拡大され、ドレス全体のフォルムを視覚的により完璧なものにしている。ただのハリボテでは、もちろんないのである。
一方、現代的なカッティングの技術を駆使したとは言え、スカートのために20メートルとも50メートルともいわれる布地を使ったり、コルセットやパニエを用いたり、旧時代の価値観を復活させて大いに人気を博したのは、クリスチャン・ディオールである。第二次世界大戦中に実用一点張りの窮乏生活を強いられていた女性たちは、ポワレやシャネルらが台頭したことによって、過去の領域へ追いやられていった種類の美しさに飛びついた。
上:ディオール時代にサンローランが手がけた初期の傑作「トラベラーズライン」。
下:ご存知サンローランのモンドリアン・ドレス。アートとの結合はスキャパレリも挑んでいる。
このディオールの元から飛び立った若き天才が、イヴ・サンローランだ。スキャパレッリが40歳、ディオールが41歳、シャネルでさえオートクチュールのアトリエを開設したのは30歳の時であったことを考えれば、25歳で店を持つことの異例さは明らかだろう。とはいえ、「身体」という観点に立てば、彼のアイディアに目新しい点はさほどない。重要なのはむしろ、見たこともない構造や形状の創造ではなく、新しい「文脈」の提案である。カトリックの道徳観が厳しく男女の性差を規定している国で、サンローランはオートクチュールという権威の下に、本来女性が公式の場で着ることなど考えられなかったパンツスーツやタキシードルックを打ち出した。ポワレが失敗し、シャネルですらビーチウェア、あるいは部屋着としてしか実現できなかった「女性がパンツを履く」という概念を、パーティの席からビジネスの場にまで広げることを、「時代」から選ばれたサンローランだけが成功させ得たのだ。
左奥はマーク・ジェイコブスによるルイ・ヴィトンのコート。ブランドの価値と毛皮のプレステージを重ね合わせた。手前の列は右からポップで溌剌としたアンドレ・クレージュ。中央は貝殻や木、動物の歯など20種のビーズを刺繍したサンローラン。左はメタリックなシークイン刺繍を用い、スペースエイジの感覚を表現したピエール・カルダン。
というわけで、この回は前後編にて。次回はカッティングの魔術師バレンシアガ、バイアスの達人マダム・ヴィオネ、そして現代の川久保玲へといたる、ガチンコ身体系デザイナーたちの作品へ。
東京都現代美術館
〒135-0022 東京都江東区三好4-1-1
2009年10月31日(土)~2010年1月17日(日)
午前10時~午後6時(入館は、閉館の30分前まで)
月曜休、ただし11月23日、1月11日(祝・月)は開館。翌日火曜日閉館。年末年始休。
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