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井上雄彦×高校美術教科書

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日本の高校1年生のおおよそ3割が美術を履修するという。2年次、3年次での履修者は、そのさらに10分の1。そういう状況の中で、平成25年の改訂に向けた高校美術教科書の編集に携わっている。

ディープに美術に関わっている人ほど、学校の授業でやったことなんてさー、とお思いかもしれないが、両親ともにアーティストだとか、伝統的な芸道を継承する家だとか、特殊に文化資本が充実した家庭に生まれるのでもない限り、美術との第一次接近遭遇が「教科書」になる可能性は高い。

わが家にも「読まれない文学全集」は備え付けの家具的に置かれていたが、当然美術全集は存在しなかった。『日本美術応援団』で知られる美術史家の山下裕二教授(明治学院大学)によれば、「僕らの世代が最初に触れた『美術』は切手でしょ」となるらしい。

現在の切手のグラフィックはサイテー極まりないが、20世紀日本の切手のグラフィックは本当に素晴らしかった。山下教授と、教授と一緒に何本も美術の特集を作ってきた『BRUTUS』副編集長、フクヘンこと鈴木芳雄氏(二人は同い年)は、顔を合わせるたびに飽きもせず「『月に雁』『見返り美人』が僕らの国宝だよねー」と言い合って微笑む(ちなみに森村泰昌さんも同意見)。私も「また同じこと言ってるんですか」とお約束どおりに毒づいているのだが、かつて日本美術作品を数多くモチーフとして扱っていた切手グラフィックがとんでもなくハイクオリティだったことを認めるのは、やぶさかではない。

切手や教科書、あるいはカレンダーなどで触れた美術に、深入りするもしないもその人の人生だが、私自身が「こんなエエもん、放っておいたらもったいない」と思う対象だけに、その第一次接近遭遇がなるべく幸福な出会いになるよう、木っ端ライターなりに編集作業には力を尽くしたいのだ。

というわけで、本日第1回の編集会議に参加してきた。内容についてはここで明らかにするわけに行かないが、ひとつ驚いたことがある。

編集会議はジャンルごとに分科会に分かれて進められるのだが、この分科会を構成する編集委員は6人(うち1人が私)。皆さん、大学や高校の先生だったり実作者だったり、美術や美術教育のプロであり、かつその王道、本道を歩いて来られた方ばかりで、ケモノ道を匍匐前進してきたライター稼業とはお育ちが違うのである。

そこを混ぜっ返すのが自分の役割と心得ていたのだが、会議の終盤、マンガ表現をどう扱うか、という話題になったとき、期せずして話が井上雄彦さんに及んだ。『BRUTUS』では2008年7月1日号で井上雄彦特集を組み、非常に大きな反響を得ている。私も同特集で井上さんのインタビューを担当したのだが、編集委員の方が口々に「あ、それ私も読みました」「僕、買いましたよ」「コンテからすごいですよね」「面相筆で描いてるんでしょ」とおっしゃるのである。

教科書に井上作品を載せたいとか、マンガの社会的・美術史的地位を、教科書という「権威」によって保証しようとかいう話ではない。ブランクーシの「鳥」も、伊藤若冲の「葡萄図」も、井上雄彦のマンガも、同じ地平で論じることのできる人たちと美術の教科書を作っていく、ということに、なんだか希望を感じるのだ。

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コメント

因みに「浮世絵切手シリーズ」中の、東洲斎写楽「四世市川蝦蔵の竹村定之進」は、僕の宝物です。

投稿: 孫一 | 2009年10月27日 (火) 01時09分

シリーズ名でいうと、「切手趣味週間」ですね。プレミアがついて、当時の子供のお小遣いでは高嶺の花の一品。でも今は安いです。当時の格付け最高ランクだった「月に雁」「見返り美人」、そして孫一さまがお持ちの「蝦蔵」などもまあオトナ買いできる価格ですし、酒井抱一の「夏秋草図屏風」や葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」など、額面プラスちょっと、で買えてしまいます。なので、礼状などに使う切手は、デザイン的に優れたヴィンテージものを使うことが多いです。

投稿: 橋本麻里 | 2009年10月27日 (火) 01時35分

台風一過で秋晴れです。
最近こちらのブログファンになったもので
毎回、楽しく拝読しています。

山下教授に対抗する女性美術語り手はいないのかと
危惧しつつ登場を待ち望んでいたところで、
橋本麻里さんの記事に、拍手喝采しております。
井上雄彦氏の上野美術館展見ました。
中学生の息子の美術の時間は途方もない感じです。
音楽はもっとかもしれませんが、
ぜひ子供たちに光を。
ますますの健筆を楽しみにいたします。

投稿: あべまつ | 2009年10月27日 (火) 08時47分

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