« Luxury:ファッションの欲望 前編 | トップページ | BRUTUS 674号:真似のできない仕事術 »

Luxury:ファッションの欲望 後編

P1000814_3

さて、後編である。

「5月革命」を機に、ヨーロッパ中へ拡大していった若者たちやマイノリティによる既成の権威や因習への激越な否定の衝動は、20世紀を画する政治的、社会的地殻変動を引き起こした。そのさなかに、クリストバル・バレンシアガがオートクチュールから身を退いたことは、象徴的な「事件」であったと言わねばならない(同時代にYSLが台頭していくのも対照的)。

「自分でデザインし、パターンをおこし、縫製し、すべてをこなすことのできるただ一人のクチュリエ」。ガブリエル・シャネルが畏敬を込めて評したバレンシアガの服は、裏地を張ることも、補強のステッチを施すことも、むろんコルセットやクリノリンに頼ることもない。裁断と縫製の技術のみによって身体から離れ、自律的なフォルムを描き出すドレスは、布による建築とも言える。デッサンを行なわず、マヌカンに直接生地を纏わせて立体的に裁断された布それ自体が、「構造」となるのだ。

P1000799_2

P1000798

P1000806
布1枚が実現している立体性がおわかりになるだろうか。前後左右から舐めるように。京都服飾文化財団はバレンシアガのマリエも所蔵している。その驚くようなシンプルさ、美しさと来たら! 

構造と素材が作り出すそのラインの鋭さに絶対的な自信を持っていたからこそ、バレンシアガは安易な装飾で服を飾ることはなかったし、シンプルが貧相に堕すこともなかった。そして、たとえばチュニックで実現された簡潔で厳格なプロポーションは、1960年代に至ってようやく「ミニスカート」として開花する。「ミニ」の発明者として通常名を挙げられるのはクレージュだが、その前提となる形は、既にバレンシアガにおいて完成されていたのである。

もう1人、マドレーヌ・ヴィオネの名も忘れるわけにはいかない。

P1000797_3
ヴィオネの専売特許、バイアスカットのドレスが並ぶ。一番奥の黒いドレスはご覧の通り(これだけ抜きん出て「立体」なので、それとわかる)、バレンシアガ。

ヴィオネはキャロ姉妹のオートクチュール・メゾンで、プルミエール(デザイン・コンセプトに添ってパターンの形を考え、製図を引く)として働き、当時の顧客の縁で浮世絵や着物に触れる機会を持ったようだ。

ジャポニスム、ことに着物がパリモードにもたらしたパラダイムシフトの影響は甚大だった。身体そのものの形と相似形ではない服というものが存在する。長方形の布を、裁断することなしに身体に添わせていけば、それで服として成立する。色や柄、素材、形状の上での異国趣味ではない、その意味の大きさに気づいた少数のクチュリエたちは、服の構造に対する根本的な認識の変化を迫られた。そしてその効果は、ヴィオネの仕事において、最も洗練された形で表現されたのである。

P1000809
装飾さえ構造に参加し、布がメビウスの輪のように身体と絡み合って成立するヴィオネのドレスには、どう着こなすのか、今となってはわかないものさえ存在する。何十年を経ても型くずれひとつ起こさない、その美しい形がいかなる技術と思考から生み出されたのか。

布地を斜め(バイアス)に使う技術そのものは、ヴィオネ以前にも当然あった。ただしそれは主として襞や縁取りなどの装飾に用いられたものだ。ヴィオネは縦糸と横糸の対角線方向に引っ張られたときに、もっともよく伸びる布の性質を応用して、平面を立体構造へと変化させ、身体にフィットするドレスに仕立て上げた。しかしこの「伸び」を自在にコントロールして服を作るためには、布の性質を熟知し、操るだけのテクニックを持っていなければならない。ヴィオネはあらかじめ布を伸ばしたり、裁断や縫製の技術を駆使するほか、伸びにくい素材そのものの開発も行っている。それはストレッチ素材を使う現代とはまったく異なる「動き」へのアプローチなのだ。

一方、バレンシアガ、ヴィオネとは少し違う立ち位置で仕事をしていたのは、マダム・グレである。

P1000796

縫い目を最小限に抑えるため、特別に織らせた幅広の薄い絹ジャージーに、無数の細かいドレープを寄せたドレスは、「アテナ・パルテノス」や「サモトラケのニケ」を彷彿とさせる。その年、そのシーズンの流行ではなく、ヨーロッパ世界の底流に存在している「永遠」へつながる回路だ。享楽的、表層的な装飾性を捨て、ギリシア、ローマ文明の「高貴なる単純と静穏なる偉大」へ回帰しようとする、服飾における新古典主義。それがマダム・グレのオートクチュールなのである。

P1000808
後ろから見ても溜息の出るドレープ。コレクションの準備中、三丁は使い潰すという鋏は、彫刻家にとっての「鑿」も同様だったのだ。

その発想は常に、「布の性格を見きわめ、その心にさからわないで、いかに女の体の上で美しく生かせるか、布と体がどうすれば、なじんでゆくか」と考えるところから始まる。人台の上に布を巻き付け、人間の体の線と厚みを生かして、「布自身が欲している流れとフォルム」を与えていく。動きやすいよう、裾ぐけの糸目をわざと緩くしたり、ピンタックを不規則に寄せることで体の線を補正し、思いがけないところにバイアス裁ちを作った「サン・クチュール(ほとんど仕立てのない)」のドレスは、芯地もパッドもなしに、女らしい優美な曲線を保った。

そして現代へ、ということで、吹き抜けの大空間には、コム・デ・ギャルソンの歴代コレクションが、妹島和世氏の構成によって展示された。これは川久保玲氏自らが、KCIに寄贈したもの。

P1000818_2

P1000815_2
衝撃的な「こぶドレス」も。

川久保玲はじめ、現代のデザイナーと身体性の問題は、また回を改めて書きたい。


東京都現代美術館
Luxury:ファッションの欲望
2009年10月31日(土)~2010年1月17日(日)

東京都江東区三好4-1-1
午前10時~午後6時(入館は、閉館の30分前まで)
月曜休、ただし11月23日、1月11日(祝・月)は開館。翌日火曜日閉館。年末年始休。


|

« Luxury:ファッションの欲望 前編 | トップページ | BRUTUS 674号:真似のできない仕事術 »

デザイン」カテゴリの記事

ファッション」カテゴリの記事

展覧会」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/547556/46640250

この記事へのトラックバック一覧です: Luxury:ファッションの欲望 後編:

« Luxury:ファッションの欲望 前編 | トップページ | BRUTUS 674号:真似のできない仕事術 »